両親が避難しました

Writer: Rie nishizaka

3月19日、両親と兄夫婦が福島から避難してきました。

松戸の親戚が空き家を一軒開放してくれたので、両親と兄夫婦はしばらくそこに身を寄せることに・・・。

本当は、私が両親を引き取りたかったなぁ。

でも周りの心配をよそに本人達は、いたって暢気で、すぐにでも帰る様なことを言っているので、それなら福島に近い松戸のほうが便がいいかなと・・・。

避難するにあたっては、ガソリン問題がやはり大きな壁だったけど、なんとか途中のGSで給油をすることができ、8時間以上かけて一般道を走ってきたそう。

お疲れ様でした。

原発が落ち着くまでは、こっちにいてもらいたいです。

それにしても、震災はすごかった。

兄がデジカメでとった写真を見せてもらったのだけれど、漁協のビルの4階の窓が壊れてたり(そこまで津波がきたってことです)、家の入口には流されてきた車が玉突き状に並んでいて道がふさがっていたりと、そりゃもう大騒ぎ。

家の前に建っていた木造の家は傾いて隣の駐車場に移動してしまっているし、その隣の家は津波がまさしく通り抜けましたって感じで、家の真ん中に大きな穴が空いている。

いまさらながら波の強さと恐ろしさを実感する写真でした。

幸い、うちは前に建っている家たちが防波堤になったことと、他の家よりも若干土台が高かったこともあり、床に海水があふれ出したぐらいでなんとか持ちこたえました。骨組みがしっかりしていたこともあるかもしれません。

ありがとう、積水ツーユーホーム。

築25年ぐらい経つけれど、写真を見る限りしっかり建っていました。

そんなこんなで私の心配の種だった両親は無事避難。

でもまだ現地に親戚が大勢残っているので、すんなりは喜べない心境です。

でもまあ、これで仕事にも集中できるので、とりあえず状況が回復するまではこっちでゆっくりしてもらいたい。

そんなことを考えながら今日も仕事をする西坂なのでした。


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