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タイアロマといったら「アロマロア」

  • Posted on 7月 29, 2011 at 9:14 PM

先日、タイアロマを中心に扱うオーナーの方とお会いしました。

実はこの方は、ずっとツイッターでやりとりをしてきた方なんです。

ツイートを見るたびにすごく気になっていて、ショッピングサイトなんかもすごく素敵だったので、ひそかに良いところをいろいろ真似させてもらっていました。

大阪の方なのですが、私が大阪に行く機会があったら訪ねてみようかな、なんても思っていたんです。

そしたらなんと、彼女のほうから「東京に来る用があるので、お会いしませんか?」と誘ってくれて・・・。

嬉しかったです♪

私同様に彼女も気にしてくれてたんだなぁなんて思って。

お会いしてみたらすごくチャーミング。

話もいろいろできてすごく有意義でした。

ネットサイトの作り方のノウハウまで教わっちゃって、逆に申し訳なかったです(汗)

ありがとうございます♪

なんだかこうやって出会いが広がるっていいですね。

もっともっといろんな方と出会いたいです。

タイ原産のアロマをいろいろ扱っていらっしゃるので、興味があったらぜひ覗いてみてくださいね。

とっても素敵なサイトです。

タイアロマ専門店「aromaroa(アロマロア)

メディカルアロマの応援部隊

  • Posted on 7月 29, 2011 at 9:05 PM

先日、昭和大学の塩田教授とお会いしました。

一度教授のセミナーを聞く機会があって、それに感動した私は、無謀にも教授の大学のメールにダメ元でアクセスしたんです。

そしたらなんと、「一度教授室に遊びにくるように」と・・・。そりゃもう大騒ぎ。

狂喜乱舞して大学まで行きましたよ。もともと教授のファンだったので、もうすごい感激。

塩田教授はアロマテラピーを医学に応用したいと考えておられて、そのために日夜精油の臨床データをとったり、各国の医療関係者と情報交換をしたり、それはもうお忙しい方なのです。

いわばメディカルアロマの第一人者。

さっそく、いつも懇意にさせていただいているドクター塚原をお誘いし共に教授のもとへ・・。

暗くて細い大学の廊下。医学部だけに何かがで出来そうな予感(昭和大学の皆様すみません)。

でも教授室はとっても明るくて、整理整頓の行き届いた素敵なお部屋でした。

教授とお話したのは正味一時間ほどなのですが、これがまたすごく勉強になるんです。

どの精油のどの成分がどの細胞にどれぐらいの影響を与えているのか、といったことを、とても細かくデータ化し、そのデータを取るために特別な実験器具まで開発してしまうという、まさしく研究の鬼。

素晴らしい!素晴らしすぎる。さっそく人体実験に私を使ってくれとお願いしました。

こういった努力の積み重ねが、きっと明日の医療を担うことになるんですね。

いや~いい経験だった。

この出会いを大切にしていきたいですね。

これからもできる限り教授の研究を応援していきたいです。

髪を切りました

  • Posted on 7月 29, 2011 at 8:44 PM

今日、髪をばっさり切ってきました。

ロングヘアからショートヘアに。

まあなんというか・・・。いろんなことをリセットしたくてね。

人生の断捨離ってやつです。

さっぱりしたなぁ。

美容院のお兄ちゃんの話が面白すぎて、2時間半だったけどあっという間でした。

今までロングでチョー髪が重かったから、すごい首が軽い。

きっとシャンプーも楽なはず。そして乾かすのも楽なはず。

でも今思えばもっと切ってもよかったような・・・。

いっそのことベリーショートとかさ。まあ加藤登紀子ぐらいまでとは言わないけれど。

たまにはこんな冒険もいいね。

守りから攻めに転じれるような気がする。

ほんとすっきりした。

すっきりついでに、今日はどっか飲みにでも行ってきますかね。

明日に支障がでない範囲で♪

朽ちていった命~被曝治療83日間の記録~

  • Posted on 7月 14, 2011 at 5:43 PM

昨日、1999年に起きた東海村臨界事故のドキュメンタリー本を読みました。

はっきり言ってかなり重かった。途中で何度も読むのを断念しようかとおもうほど、つらい内容でした。

事故が発生した時の模様や被害者の状態、医師たちの治療戦略などが、医師の目線で書かれているドキュメンタリー。

一番被曝量が多かった大内さんは、被爆直後東大病院に運ばれてきましたが、その時にはまだ意識がはっきりしていて、皮膚も少し赤みがある程度だったようです。

でも大内さんを貫いた放射線は、染色体を粉々に破壊し、人間が本来持っている再生能力というものを全く機能しないものとしてしまいました。そして徐々にゆっくりと大内さんの体を蝕み始めました。

初めに出たのは皮膚の剥離という症状。いわゆる「やけど」です。
染色体の破壊によって、人間構造の設計図を失ってしまった細胞は、もはや自分で再生することができません。
細胞分裂が出来なくなるので新しい皮膚は全くできなくなります。
一番上の表皮はやけどの相を呈し皮膚はめくれ黒ずんで剥がれ落ちます。
通常大やけどをした場合には、上の皮膚を削り取り、人工皮膚を移植するのですが、大内さんは血小板数値がかなり低下していたため、少しの傷でも出血が止まらない状況に陥ってしまう状態にあり、治すための傷がつけられなかったそうです。

やむなく、妹さんから採取した皮膚を培養し、大内さんには血小板輸血を毎日繰り返すことで、皮膚移植の準備をしました。
でもこの皮膚が大内さんに定着することはありませんでした。
皮膚を移植した時には、体中の体液が皮膚から滲み出し、移植した皮膚はその体液で上に浮き上がってしまう状態にまでなってしまっていたからです。

やけどをした経験がある方は、この痛みわかりますよね。
表皮がなくなり真皮層がむき出しになっているということは、一番神経が集中しているところがむき出しになっているということ。
この痛みたるや想像を絶します。

事故から2か月経った時には、皮膚や腸の粘膜は出血を繰り返し、体液も毎日包帯からにじみ出てしまうほどになってしまっていたそうです。包帯交換の際にその包帯の重さを図り、排出されたと同量の水分を補給して延命処置をしていました。
医師も看護師も家族も、大内さんの回復を願い不眠不休で治療にあたりました。

でもその甲斐なく大内さんは息を引き取りました。享年35歳。子供さんは当時小学生でした。

この話。私は鮮烈に記憶に残っているのですが、今の政治家たちはきっと記憶にも残っていないと思います。
しいて記憶にあるなら、この事故が発端になって保安庁ができたということぐらいですかね。

原子力をまるっきり否定するつもりはないですが、大内さん含め2名が死亡し、700名近くが被曝、そしてその大半の人たちはいまだ後遺症に苦しんでいます。もちろん風評被害もありました。

今回、東海村の事故よりもはるかに深刻な事故が福島で起こってしまいました。
当時作業していた方が病院に運ばれたみたいですが、その後の情報って全く入ってきませんよね。
原発の中で何が起こっているのか、被害はどの程度なのか、出されている情報は本当なのか・・・。

福島に親を持つ立場としては、いつも歯がゆい思いです。
もうこんな事故は起きてほしくない。心からそう思います。